製作情報
えーと、シャイテュイんとともに
このゲームに携わっているミルタといいますの。
グラフィックを担当してます。やる気ないです。
そのくせに仮想的ゆーのーかんとかゆーのに満ち溢れています。
で、ここにはこのゲームを作ったうえでの感想を描きたいとか思ってます。
まぁそんだけよ、他には期待せんでねお願いだから。
叩いても何もでないし。
ええとね。
ボスのグラフィック描くのめんどいのよさね。
何せ96×96でドット絵かいたことあんまなかったからね。
でもそれで良かったと思うのは64×64だとちっこくなって巨大さがあまりでなかったけど、
このサイズにしたことでボスらしさを出すことができた、ということ。
いろいろ手抜きとかあるけどそれは許してね。
ステージ2のボスはおもいっきり手抜きだけど、
あれはドット絵であらわしきれなかったからPhotoshopに頼らざるをえなかったんだよ
てぬいたって言ってもそれはこだわった上の手抜きとかもあるから
そこは勘違いしないでね。
ステージ3のボス手抜きだろ!といわれても
それは成り行き上手抜きに見えるようになってしまったものだから。
てか今回のグラフィックを作るうえではめんどくさいだけで他に
苦労することはなかったような気がする…
で。
サイズが小さいのは主人公側としては楽なんだこれが。
とはいえブレイズは描きにくいから若干イライラする。
アクアールは形が単純だからまだいいけど、
この形が単純って言うのもそれなりにめんどくさいの。
陰影のつけ方に工夫とかいれなきゃいけないしね。
人間キャラはわりと楽よ。ただ使う色が多くなるけど。
まぁ、感想はそんくらい。
ああ、敵キャラを作ったうえでのコンセプトは、
ファンタジー世界であればどこでも通用しそうなキャラをイメージしてみたのよ。
地下洞窟にはゴーレム、コウモリ、怨霊、人食い虫。
ありがちなメンバーでしょ?
まぁ、偉そうにコンセプトなんていったわりには
ただありがちなものを選んだだけなんだけどね。
そんで。ラスボスには機械仕掛けの赤ん坊をつけたワケだけど。
これにはそれなりの哲学の意味をこめた。
機械仕掛けの神、ウィキればわかるんだがこれは
「人々に都合のよい存在」のことを示す。
まぁ機械だからね。崇めなくても自動的に動いてくれるんだ。
電化製品とかも一種の機械仕掛けの神かもしれないね。
そんでこれは…
ピュア・エクス・マキナは「自分自身にとって都合の良い存在」なのだ。
こいつの空間を捻じ曲げた動機は「なんとなく」。
まさにラスボスにするには都合が良い理由だ。
思考回路は赤ん坊だから何だってやれちゃう。
悪い事をしてしまってもそれを裁く存在を壊せてしまえるのだ。
敵なんか彼にはいない。強いていえば「恐怖」である。
恐怖が彼を凶器にする原因となりうるのだ。
恐怖は彼に恐ろしい幻覚を見せ、彼はそれを実現してしまう。
そんな彼を止める手段なんてあるのか。 それは一つだけある。
それは彼の時間を止めること。
時間を止めれば、いくらご都合主義な迫ヘをもってようがこっちにゃ関係ない。
コイツの背中には永遠に回る魔法がかけられたネジがある。
何故つけられているかって?理由はこじつけだ。
「彼自身には壊れない魔法がかけられていたが、
動く魔法を同時にかけられなかったから。
魔法を2つ同時に1つの対象にかけられるわけがない」
まぁ人間だってそうだね。
自分の願望と他人の願望が違えば1つの対象はどっちの願望も満たせないのだから。
あれ?これはこじつけになってるようでなってない理由だな、ま、いっか。
でもこれは一種私の哲学も含んでいるのよ。
人間には来て欲しくない時間ってもんがある。
でもそれは来てしまう。それを止めるにはどうすればいい?
「時間を止める」しかない。
まぁだが来て欲しい時間がその先にあるとすれば、迷ってしまうだろうケドね。
時間は1次元だ。時間が2次元だったら回り道もできるだろうけどね。
回り道しまくって、来て欲しい時間だけタンノウする。最高ジャン。
あいにく世の中はそんなにうまくできてないんだけどね。
それに楽に甘えれば人間は価値が下がっちゃう。
人間としての価値をあげるには苦しむしかないのだ。
楽と価値は反比例するもの。
ああ、どうやったらこの摂理をひっくり返せるんだろう。
この摂理さえひっくり返せば、
世界は本当の意味で私を中心に回り始めることができるかもしれないのに。
いや、そしたら苦しんでる人間は意味もなく苦しむことになる。
そりゃ可哀想だ。ああ、どうしたらいいんだ私は。
んで、もう一方でネジの方の考察もしてみたんだけど、
これはピュア自身にとっての母親的な役割をしてるんじゃないか、と私は考えた。
母親とは子供の欲求を満たすために存在する。
しかしそれでは母親に負担がかかってしまうので、
そこに父親という、子供の欲求を抑えるべき存在があるのだ。
父親は、母親的な存在の負担を減らすために子供に厳しく接するのだ。
なぜなら母親は生まれて死ぬまで、子供に仕える運命、呪いを背負ってしまっているから。
ネジもピュアを動かすために、一生動き続けなければならない。
しかしピュアがネジ自身を自らの体に取り込んだことによって、
ネジは彼自身から逃れることができなかったのだ。
ネジを救うにはネジ自身を壊すしかない。
これはある種の眠り姫の物語といってもいいだろう。
ブレイズたちは、子供という名の、母親を束縛する存在から母親を救いにきたのだ。
なんかとんでもない飛躍しちゃったな。話が。
別にピュア自身は「なんとなく」でやったことなんだろうが、
私にいわせればこんな深い哲学を含んでいるのだ。
そして私がこれをかいていて一つ気づいたことがある。
「私の物語は、父親的存在が現れて終わる。そこから物語は存在しない。」
ということを。